フランシス・ベーコン展 展覧会レビュー その3

さて、現在東京近代美術館で開催されているフランシス・ベーコン展について、前回の続きです。

 
しばらく、同展覧会の会場でドキュメンタリーフィルム『BACON’S ARENA』2005年の映像を繰り返し見ていました。ゲイっぽい英語だなあと聞いていると実際、ベーコンはゲイでした。たった3分間の映像(オリジナルは95分)なのですが、私的にはベーコンの美術家としての意識みたいなものが少しだけ解ったような気もしました(本当の事を言っているのかどうかは、本人にしかわかりませんが。。。)。
 
上記の映像の中でベーコンがよい作品を描ける状態を話していました。聞いていて、最近よく聞く「フロー」みたいな状態の事を言っているようにも思えました。フローは、心理学者のミハイ・チクセントミハイが定義した概念です。簡単にいえば、無我夢中で人が何かに集中して時間も忘れるような状態です。ベーコンのインタビューを聞いていると、ベーコンの中から沸き起こるような、あるいは降りてくるような「何か」をフローの状態で描く時、よい作品が出来ると彼は信じているようでした。ベーコンの作品は、作為的でありそうで、本当はベーコン自身も気付いていない彼の深層心理の中の何かが彼を駆り立てて出来上がった作品なのかなとも思いました。
 
次に私が見たかった《ジョージ・ダイアの三習作》(1969年)がありました。ジョージ・ダイアは、ベーコンの恋人だったそうです。しかも、イースト・エンド出身。ベーコンのアトリエがあったサウスケンジトンがロンドンのウエスト・エンドの典型的な地域(高級住宅街)とすれば、まさに真逆な地域がイースト・エンド。あまり言いたくないですが、このあたりの地域差別の意識、まだまだロンドンにあります。そんなことベーコンは、どうでも良かったんだろうなあ。話は戻って《ジョージ・ダイアの三習作》で、ダイアの顔もまた他の作品の顔のように歪められているのですが、それでも愛情を感じられるような気がします。背景のピンクも優しい。後にダイアは自殺します。それ思うとこの作品をみると心が痛みます。それにしても、この作品と叫ぶ教皇のシリーズとの表現の違いのすごいこと。。ここで、ベーコンの作品を鑑賞しながら、感情がどう動いているのか敏感になっている自分に気付きました。同展覧会のキャッチフレーズ「目撃せよ。体感せよ。記憶せよ。」の通りなのかもしれません。彼の作品に感じる恐怖も愛情も我々の記憶の1部なのかもしれません。そしてまたベーコンの作品を目撃することで記憶として刻まれる。
 
確かにベーコンが暴力を描こうが、それが心地悪いものであろうが、彼がインタビューで語っていたように暴力が存在するのが現実の世界です。以前お話したように、価値観は人それぞれですが、芸術を「体感」するために同展覧会へ行くと、隠されていた自分の何かの記憶が呼び起こされるかもしれません。これが、今回の展覧会の魅力の一つですね。
 

フランシス・ベーコン展
会 期 2013年3月8日(金)‒ 5月26日(日)
会 場 東京国立近代美術館 企画展ギャラリー
開催時間 午前10時 ‒ 午後5時(金曜日は午後8時まで)
※入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜日(ただし4/8、4/29、5/6は開館)、5/7

展覧会関連サイト
フランシス・ベーコン展特設ホームページ
http://bacon.exhn.jp/