ルーヴル美術館展 ―地中海 四千年のものがたり― 東京都美術館 私的お宝作品

現在、東京都美術館で開催中の「ルーヴル美術館展 ―地中海 四千年のものがたり―」の出品作品の中で、私的お宝作品は、同展覧会の公式ホームページでも紹介されていない作品番号096《牡牛を屠るオリエントの神ミトラスの浮彫》です。出土はイタリア、制作年は100-200年と解説されているのみ。どこを見回しても作品解説がない(8月6日の同展覧会会場にて)。しかも私が今まで見てきた数々の実物や画像のミトラの浮彫の中でも断然状態もいいし、構成も洗練されている。1人で感激している横で「あら、何かしら、牛みたいのがいるけど」と話しているご婦人達の話し声。思わず以下の事を解説したくなりました(実際は黙っていました)。

ミトラスとは、ローマではミトラと呼ばれ、ペルシアから軍隊によってローマ帝国へもたらされた神と考えられています。このミトラを信仰するミトラ教は、ローマ帝国全土に広まり、ライン川やドナウ川周辺、そして、海を渡り英国のロンドンでも、ミトラ神殿が発掘されています。ローマでは、サン・クレメンテ教会の地下にあるミトラ神殿が有名です。

日本では、あまり知名度の高くないミトラ教ですが、宗教家ミルチア・エリアーデは、エルネスト・ルナンの『マルクス・アウレリウス』の以下の1節(『マルクス・アウレリウス』579頁)を彼の著書『世界宗教史』で引用しています。

もしキリスト教が、なんらかの致命的な病によってその成長を止められていたならば、世界はミトラ信仰のものになっていただろう(エリアーデ, 2000, 第4巻, 170頁)。

いかがでしょうか?面白そうですよね。実は、12月25日は、ミトラ教の祝日でもあるのです。つまりキリスト教がこの日をクリスマスと決める以前から12月25日は、ローマ世界では聖なる日だったわけです(このあたりもっとお話したいのですが、とまらないので、またの機会に致します)。

そして、ミトラ神殿の中心的存在が、牡牛を屠るミトラ像です。今回の出品作品《牡牛を屠るオリエントの神ミトラスの浮彫》のような浮彫だけでなく、牡牛とミトラの彫刻が内陣(祭壇部分の空間)に設置される場合もありますし、壁画として描かれる場合もあります。

同作品を図像学的に少し説明します。《牡牛を屠るオリエントの神ミトラスの浮彫》の中心に描かれているフリュギア帽といわれる帽子をかぶりマントを着ている若い青年がミトラです。牡牛の肩に短剣を突き立ています。その血からは、麦の穂が出てきます。つまり牡牛を屠る事で死と再生を意味し、同時に信仰者の死後の救済を暗示しているのです。牡牛の傷口に飛びかかる犬、サソリも一緒に描かれており、これらの図像は、天空の星座と関係するという説もあります。浮彫上部の左右には太陽神と月神が描かれており、下部の左右にはカウテスとカウトパテスという名の松明(たいまつ)を持つ若者が描かれており、前者は上向きの松明をもち、後者は下向きの松明をもっています。彼らは、日の入りと日の出、つまり生と死を表現していると考えることも出来ます。この《牡牛を屠るオリエントの神ミトラスの浮彫》前にして神殿内で密儀が行われていたと考えることが可能です。ただ出土場所の詳細が「イタリア」以外解説されていないので断言は出来ません。

今回はこのあたりにしておきますが、この浮彫一つだけでミトラ神話世界の全てを表現しているといっても過言ではありません。その世界を象徴する図像部分がほぼ完全な状態で残っているのが、今回の出品作品《牡牛を屠るオリエントの神ミトラスの浮彫》です。しかも図像の配置のバランスもよく、作品としても出来がいい。

以上の事を、前述のご婦人達に教えてあげたかった。。です。

では、今日はこの辺で。

参考文献
Cumont, Franz. 1993. 『ミトラの密儀」(小川英雄訳)東京:平凡社.
Eliade, Mircea. 2000. 『世界宗教史』第4巻(柴田史子訳)東京:筑波書房.
展覧会公式サイト 『ルーヴル美術館展 ―地中海 四千年のものがたり―』〈http://louvre2013.jp/highlight.html〉(アクセス日 2013年9月5日).

ルーヴル美術館展 ―地中海 四千年のものがたり―
The Mediterranean World: The Collections from the Louvre
会期:     2013年7月20日(土)~9月23日(月・祝)
開室時間:午前9時30分~午後5時30分(金曜日は午後9時まで)
※入室は閉室の30分前まで。
※金曜日は午後9時まで。
休室日:     月曜日
※なお、9月16日(月・祝)、9月23日(月・祝)は開室、9月17日(火)は閉室。