「嘘を現実にする」エンターテイメントという芸術

前回の続きです。先月より第17回文化庁メディア芸術祭(2月16日に終了)のアート部門、アニメーション部門、マンガ部門で個人的に気なった作品を取り上げてきました。最後にエンターテインメント部門について感想を少し。
 
今回、同部門受賞者プレゼンテーションの一つ「パーソナルなモノづくり〜ファンタジーからリアルへ」(2月7日)では、池内啓人氏(優秀賞『プラモデルによる空想具現化』)、森 翔太氏(審査委員会推薦作品『仕込みiphone』)、白久レイエス樹氏(審査委員会推薦作品『スケルトニクス』)のプレゼンテーションの中で、モデレーターの久保田晃弘氏(審査委員)より、エンターテイメント部門の作品を創る目的に一つは「嘘を現実にする」というコメントがありまして、大きく頷いてしまいました。つまり「嘘を現実にする」ということは、日常生活の中で「あり得ないモノ」、でも「それ」があるといいなと思うこと、「それ」を現実にしてしまうことが人間には出来てしまうことでもあります。「それ」は、時には嘘をつく事でしか実現出来ないような夢(ファンタジー)ということかもしれません。
 
今年の文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門大賞の『Sound of Honda / Ayrton Senna 1989』もまた、今は亡き伝説的F1レーサー、アイルトン・セナが1989年に走行したエンジン音を「蘇らせる」という、現実では「あり得ない夢」を最新のテクノロジーを使って現実化しようとしています。受賞作品展の会場で、この作品の音を聞きながら映像を観ていて、何か「セナの魂の蘇りの音」というのも大げさなのですが、そんな想いになりました。

以前お話した今回のアート部門受賞作品を創造する目的の一つが「今まで見えなかったものを見えるようにする」ように、エンターテインメント部門の受賞作品も、普段我々が「見えなかったものを見えるようにする」ための創造物であるのかもしれません。広い意味で、メディア芸術の各部門(アート、アニメーション、マンガ、エンターテインメント)の作品には、この「見えないものを視覚化する」という狙いが根底にあるように思われます。
 
本サイトを立ち上げた2008年12月の時は、文化庁メディア芸術祭の作品群は、自分の専門(美術史)と全くかけ離れたものと考えていました。しかし、以前より興味があった広告映像や写真を、自分の中で美術という枠でなく「芸術」作品として捉えた時、それらの作品と美術作品の境界線に違和感を感じるようになってきました。その流れから第12回文化庁メディア芸術祭(2009年)から受賞作品展へ足を運ぶようになりました。今でも若干アウエイ感はあるのですが、それでも理解度はアップしてきたようです。来年の文化庁メディア芸術祭の時までに自分がどれだけ成長出来ているのか楽しみです。
 
では、今日はこの辺で。
 
第17回文化庁メディア芸術祭(すでに終了しました)。
公式サイト
http://j-mediaarts.jp/