フィレンツェ、2日目、サンタ・クローチェ聖堂、ダンテの慰霊碑

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画像は、フィレンツェ、サンタ・クローチェ聖堂内にある、ダンテの死に対して捧げられた記念碑です。今でこそ、フィレンツェの英雄ですが、ダンテは、フィレンツェを追放された後、ラヴェンナで死去、その地に埋葬されました。つまり、1829年に制作された、サンタ・クローチェ聖堂にある、この記念碑は、お墓ではありません(ダンテのお墓はラヴェンナにあります)。画像、中央に座っている人物がダンテです。哀しげな表情です。

フィレンツェ、2日目、サンタ・クローチェ聖堂、ミケランジェロの墓

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フィレンツェ、サンタ・クローチェ聖堂の中で最も美しい墓とされているのが、あのルネサンス美術の巨匠ミケランジェロの墓です。ヴァザーリがデザインし、1564年から74年の間に制作されました。ミケランジェロらしいかどうかはさておいて、ヴァザーリらしい、優等生風のちょっと「やり過ぎ」かなあというデザインです。

フィレンツェ、2日目、サンタ・クローチェ聖堂、マキャベリの墓

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フィレンツェ、サンタ・クローチェ聖堂の内部です。碑文をみると「MACHIAVELLI」の名前がありました。そうです。このお墓は、偉大な歴史家であり政治家であったニッコロ・マキャヴェリ(1469‐1527)のものです。1498年から1527年までフィレンツェ共和国の官僚でした。かの『君主論』の著者でもあります。画像の彼のお墓は1787年に制作されました。外交を意味する寓意像あるいは擬人像(人の形を用いてある概念を表現した像)が座っています。