フィレンツェ、5日目、サン・マルコ美術館、ギルランダイオ、《最後の晩餐》

UNADJUSTEDNONRAW thumb 2339

帰りのフライトが夕方なので、最終日、午前中の空き時間をどのように使うか考えました。朝一番は、「幸運の子豚」。次は、サン・マルコ美術館(修道院)へ再び行くことにしました。お恥ずかしながら、見忘れた名画が一つだけあったのです。それは、ドメニコ・ギルランダイオの《最後の晩餐》(1479-1480)です。

《最後の晩餐》というとミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院に描かれた、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品(1495-1498)が有名ですが、ダ・ヴィンチがそれを制作する前より、フィレンツェでは、カスターニョやギルランダイオによって描かれていました(特にギルランダイオは5年間に4作の《最後の晩餐》を描いています)。

新約聖書の名場面の一つである《最後の晩餐》ですが、「晩餐」をする場所というとことで、当時は修道院の食堂の壁に描かれることが多かったのです。カスターニョは、サンタッポローニア修道院の食堂の壁に、ギルランダイオは、サン・マルコ修道院(現在サン・マルコ美術館)とオンニッサンティ教会の修道院の食堂の壁に《最後の晩餐》を描きました(同じくダ・ヴィンチは、ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂に描きました)。

さて、サン・マルコ修道院の食堂は、現在同美術館のミュージアムショップになっています。言い訳になりますが、ミュージアムショップの壁にギルランダイオの《最後の晩餐》が描かれているとは想像出来ませんでした。この日、私がこの壁画の前に立っている時は、開館時間(8時15分)直後で、ショップもまだ準備中でした。というわけで「食堂」の中は私一人。何の柵もありません。こんなに近くで見学して良いのかしらと心配になるほどです。

画像でもおわりになるように、《最後の晩餐》の場面の下に、大理石のような長方形のパネルが並んでいます。一見、これらのパネルは壁画装飾のように見えますが、ギルランダイオが壁に描いたパネルです。また、遠近法を巧み使い、食堂の壁の向こうの世界と我々の世界が繋がっているように見せています(作品に描かれた場面の天井部分に注目)。どこから、どこまでが本当の世界なのか、写真ではわからないほど見事な作品です。

フィレンツェ、5日目、カッミロ・カヴール通り

IMG 5774 1024

メディチ=リッカルディ館を過ぎて、Via Camillo Cavour(カッミロ・カヴール通り)を歩いていた時だったと思います。ある建物の入り口から奥へと進む素敵な空間を見つけました。奥には、中庭らしきものが見えます。古代ローマ時代、邸宅入り口の奥に作られた中庭のような空間をアトリウムと呼びます(ポンペイの遺跡へ行くと当時のアトリウムを見ることができます)。その名残か、イタリアの街を歩いていると建物の奥に中庭のような空間があることが多いです。そう考えると教会の回廊もある意味、中庭ですね。何の建物だったのか、記憶にないのですが、個人的に好きな写真です。

フィレンツェ、5日目、Liceo Classico Galileoの学生達

IMG 5766 1024

ドゥオーモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)から、Via de’ Martelli(デ・マルテッリ通り)をサン・マルコ美術館へ向かって歩きました。だいぶ先ですが、角に見える建物がメディチ=リッカルディ館(宮殿)です(1階から3階まで各階のデザインが異なっているのが特徴です)。朝8時過ぎですが、その建物の前に人が大勢がいます(個人情報なので顔がわからないよう遠くから撮影しました)。「ピーチクパーチク」というのでしょうか。賑やかというか、何事が起きたのかしらと思うほどの大音量です。というのもメディチ=リッカルディ館のすぐ近くにあるLiceo Classico Galileoという高校の学生達が校舎に入る前に一斉におしゃべりをしていたのです。日中は、校内で静かに勉強しているのでしょうか。フィレンツェの日常が旅の最終日になって見えてきました。