フィレンツェ、5日目、この旅の最終日に思ったこと

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さて、帰国のフライトの時間が近づいてきました。最終日もドゥオーモの前に来ました。この旅の初日もここに立っていました。その時の私は「西洋美術が嫌い」でした。そいういう私は、西洋美術史の「専門家」です。当時の私は、何かを埋めるような気持ちで、一人でフィレンツェへ来ました。

そして、4泊5日の旅の間に、私は「何か」を埋めることができたようでした。その「何か」は、具体的に何なのか。お腹が空いた時に、食べ物を食べるように、感動が足りない時は、本物の美術作品に触れるということが、当時の私には必要だったと思います。ただ、その「何か」は、感動だけではありませんでした。

人類の歴史の中で傑作とされてきた芸術作品(絵画、彫刻、建築)を目の前にした時、知識は必要ありません。その時、「この作品は論文に使えそう」とか「あの研究者の論文の考えと異なる」とか考える必要もありません。自分は、その作品が好きか嫌いか。好きであれば、ただひたすらに美しいと思うだけでも良いのです。

そして、その作品に関する知識があれば、それは料理で言えばスパイスであり、より味わい深くなる。その知識の結集が美術史という学問なのかもしれないと思います。

美術史の研究者達の努力で「美術史の中の知識の一つ」が生まれる事実を私たちは忘れがちです。美術史という学問は、ただ作品を見て感想を述べる学問ではありません。裏付けできる証拠を集め証明が出来なれば「知識の一つ」にもなりません(もちろん、過去の作品になればなるほど、限りなく真実に近い推測が多くなります)。意外ですが、美術史は文系とはいえ、かなり科学的な学問です。

私が英国で書き上げた博士論文も美術史の知識の一つです。少なくとも英国の博士論文はそのようなものです。誰が何を言おうともそれは変わらない。日本の学界で「業績を増やす」ために、私はこれからも論文を書き続けたいのかと自分に問うた時の答えは「ノー」でした。なぜなら、私は西洋美術が嫌いになっていたのです(嫌いになった理由は、いろいろあります)。そんな私でしたが、フィレンツェで芸術作品の宝の山を目の前にして、ただ感動するだけでなく、日に日に仕事モード全開になっていきました。自分の中の美術史家魂に火がついたようでした。

美術史の研究者にとって、研究課題の作品が存在する現地まで行き、本物を見る事が、研究する上で大前提となります。本物を見ることは、自分の知識の裏付けになるからです。しかし、私は、西洋美術史(と東洋美術史)の一通りの知識があっても、今まで自分の専門以外の美術に触れる時間がありませんでした。自分の専門分野の論文を書くことで精一杯だったのです。

ですから、今回のフィレンツェの旅で、今まで自分の中に蓄積されてきた美術史の知識の一つ一つが、本物を見ることによって裏付されていく「素直な楽しさ」を私は初めて知りました。とはいえ、当時の私は「西洋美術が好き」とはまだ思えませんでした。しかし、今回の旅を通して、自分の中にある西洋美術史の知識の全てを可能な限り確固たるものにしたいという希望が湧いて来たのです。そして、このフィレンツェの旅から、美を巡る弾丸旅行が私の人生の一部となりました。

というわけで、次回からは、イタリア・ボローニャを起点とした私の弾丸旅行史上最も過酷な旅をお伝えしていきます。お楽しみに!