マドリード、4日目、ティッセン・ボルネミッサ美術館、ピエロ・デッラ・フランチェスカ、《子供の肖像》

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ティッセン・ボルネミッサ美術館の続きです。

次に個人的に注目した作品が、ピエロ・デッラ(デラ)・フランチェスカの《子供の肖像画(グイドバルド・ダ・モンテフェルトロ?)》(1483頃)です。ピエロ・デッラ・フランチェスカ(1416/17頃-1492)は、初期ルネサンス美術を代表するイタリアの画家です。英国ナショナル・ギャラリー所蔵の《キリストの洗礼》(1448−50)が有名です。遠近法を用いたバランスのとれた構成と理性的で静かな作風が特徴です。

さて、この《子供の肖像画(グイドバルド・ダ・モンテフェルトロ?)》は、静かに横向きでポーズをとっている子供が描かれています。当時は、要人や高貴な人物の肖像画を制作する際「横顔を描く」というのが、お約束事でした。このブロンドの子供がただ者ではないことは、この作品からも十分想像することが出来ます。この子供が誰なのか。キャプションでは、「Guidobaldo da Montefeltro?」となっていましたが、この件については、同美術館の公式サイトでも詳しい説明はありませんでした。

グイドバルド・ダ・モンテフェルトロは、1472年に生まれ、父フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロを継いでウルビーノ公になりますが、37歳の若さで亡くなりました。彼の肖像画《グイドバルド・ダ・モンテフェルトロの肖像》(1506頃)は、ラファエロ・サンティが描いており、ウフィツィ美術館に所蔵されています。個人的に好きな肖像画の1つです。余談ですが、ちなみにこの頃には、要人が正面で描かれる肖像画が一般的になってきます。このラファエロ・サンティの作品でも、グイドバルド・ダ・モンテフェルトロは静かに正面を向いて描かれています。

話をティッセン・ボルネミッサ美術館の《子供の肖像》に戻しましょう。この作品に描かれている子供がグイドバルド・ダ・モンテフェルトロとすると、その制作年代から11歳頃の彼を描いたと推測されます。実は、ピエロ・デッラ・フランチェスカは、グイドバルドの父フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロと妻バッティスタ・スフォルツァの肖像画である《ウルビーノ公夫妻の肖像》(1465-75)を描いています。この作品(ウフィツィ美術館所蔵)は、初期ルネサンス時代を代表する肖像画としても有名ですので、ご存じの方も多いと思います(こちらも夫妻は横顔で描かれています)。となると、ピエロ・デッラ・フランチェスカが彼らの子供(グイドバルド)を描いても不思議ではありません。

グイドバルドの母バッティスタ・スフォルツァは、グイドバルドが生まれた年に亡くなっています。《ウルビーノ公夫妻の肖像》のバッティスタ・スフォルツァとこの《子供の肖像》の少年ら2人の横顔、鼻、口元は、確かに似ています。この子供も自分の宿命を知っているのか、幼いながらも覚悟が出来ているような表情をしています。でも、どこか寂しそうにも見えます。そして、しばらく見ていると、あのバルテュスの描く子供の顔を思い出しました(*)。

「バルテュス展 東京都美術館 バルテュスについて私的発見 その2」