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マドリード、4日目、ティッセン=ボルネミッサ美術館、マネ、《(正面を向いた)乗馬服の女》

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マドリード4日目、ティッセン=ボルネミッサ美術館の個人的に気になった作品を紹介しております。

画像は、エドゥアール・マネの《(正面を向いた)乗馬服の女》(1882年)です。晩年のマネは、季節の女性シリーズというテーマで、春、夏、秋、冬をテーマに「パリの女性像」を描くという試みをはじめました。この《乗馬服の女》は、夏をテーマにした女性像を描いてます。

同シリーズの《春》は、1881年に完成し、サロンでも評判がよかったようです。そのため、マネは、この《乗馬服の女》の制作に力を入れており、横顔を含めた3パターンの作品を準備していました。そのため、画像の作品は、「正面を向いた」バージョンということで、《(正面を向いた)乗馬服の女》と呼ばれています。余談ですが、2014年に米国ロサンゼルスにあるJ・ポール・ゲティ美術館が、前述の《春》を6510万ドル(当時の日本円で75億円)で落札して評判になりました(*)。

さて、この《乗馬服の女》は、マネの晩年の傑作《フォリー=ベルジェールのバー》(1882年)とちょうど同じ頃に描かれたと考えられます。まず、目に入ってくるのが、女性の白い顔と意志の強そうな瞳とキリッとした口元です。そして彼女の身につけている黒い乗馬服と帽子がその白い顔をより一層引き立てています。

そいういえば、マネは、意外なほど黒を用いた作品を数多く描いています。黒は、構図の中で配分が多いと一見、作品全体が地味になってしまいそうな難しい色だと思います。しかし、マネが描く黒は、スパイスの効いた華やかな印象を見る者に与えます。

この作品を制作していた頃のマネは、かなり体調が悪かったそうです。確かに、《乗馬服の女》に描かれている背景の空の色は、我々が想像する「夏の空」とは異なるかもしれません。しかし、マネは、エレガントかつ力強くたたずむこのパリジェンヌの姿に夏のイメージを見いだしたようにも思えます。

さて、来月、マネの《フォリー=ベルジェールのバー》が来日します。詳細は、また後日。

*「マネの肖像画「春」、予想上回る75億円で落札」ロイター2014年11月7日09:56配信
https://jp.reuters.com/article/primtemps-idJPKBN0IR02M20141107(2019年8月29日11:19 UTC)

マドリード、4日目、ティッセン=ボルネミッサ美術館、フィンセント・ファン・ゴッホ、《アルルの湾岸労働者たち》

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昨日の続きです。

画像は、ヴィンセント・ファン・ゴッホの《アルルの湾岸労働者たち》1888年です(この写真も実物よりも赤みが強いです)。《(オーヴェル近郊)ヴェセノの眺め》(1890年)と同じ人物が描いているとは、思えない作品に仕上がっています。

この《アルルの湾岸労働者たち》は、制作年代より《(オーヴェル近郊)ヴェセノの眺め》よりも2年前、ゴッホがアルルで生活していた頃、描かれていたと推測されます。アルルは、日本の浮世絵に魅せられたゴッホが新天地として目指した土地でした。そのアルルに、ゴーギャンも呼び寄せ、新しい表現を一緒に作り上げようと夢みていたゴッホでしたが、実際のゴーギャンとの共同生活は、うまくいかなった。。。有名なエピソードです。

さて、この《アルルの湾岸労働者たち》は、アルルにあるローヌ川の岸辺で石炭を積んだ船で働く労働者たちを描いています。ティッセン=ボルネミッサ美術館の公式サイト(英語)の解説では、1888年8月、ゴッホは、弟テオに宛てた手紙で、ある夜に湾岸労働者たちがローヌ川で働く風景を見て感激し「まるで北斎(の描く風景)だった」と書いていたそうです(*)。

確かに、まるで木版を彫ったような、太くて細長い筆づかいは、ゴッホらしいです。日が暮れた空の描写がオレンジ色から薄い紫色へ変化しています。水面は、空と遠くに見える町並みを映しています。ゴッホは、この風景を憧れの北斎の視点で描いたと推測されます。この《アルルの湾岸労働者たち》が、どこか日本の懐かしい風景のように見えるのは、私だけでしょうか。

*『ヴィンセント・ファン・ゴッホ《アルルの湾岸労働者たち》の解説』ティッセン=ボルネミッサ美術館公式サイト「https://www.museothyssen.org/en/collection/artists/gogh-vincent-van/stevedores-arles(2019年8月27日11:30 UTC)

マドリード、4日目、ティッセン=ボルネミッサ美術館、フィンセント・ファン・ゴッホ、《(オーヴェル近郊)ヴェセノの眺め》

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さて、西洋美術の名品&名所を巡る一人弾丸旅行第四弾、マドリード編4日目の続きです。

ティッセン=ボルネミッサ美術館で個人的に気になる作品を紹介してまいりました。

しつこいですが、正直、同美術館が、これほど名品を所蔵しているとは、思いませんでした。閉館19時で、17:50に入館出来たがせめてもの救い。館内撮影不可のプラド美術館とは異なり、全ての作品が撮影可というのも素晴らしい。

画像は、フィンセント・ファン・ゴッホの《(オーヴェル近郊)ヴェセノの眺め》1890年です。亡くなる数週間前に描いた作品だそうです(ティッセン=ボルネミッサ美術館のキャプションおよび公式サイトでは、《ヴェセノの眺め》が本作品のタイトル)。

1890年5月20日、ゴッホは、パリから35キロ北の村、オーヴエル=シェル=オワーズへ向かいます。以前より、この村は、ポール・セザンヌをはじめ画家たちを惹きつけていたようで、描きたくなるような美しい場所だったと想像できます。実際、ゴッホも、亡くなるまでの約二ヶ月間、オーヴエル=シェル=オワーズで多くの風景画を描きました。

さて、《(オーヴェル近郊)ヴェセノの眺め》をみてみましょう(残念ながら展示室のライトが作品に写ってしまっていますし、画像でみるよりも、実際の作品は、もう少し鮮やかな色です)。

中央画面一面に描かれているのが、小麦畑です。黄色の穂が風でなびいているようです。絵の具を盛ったようなタッチがゴッホらしいですが、今まで彼の多くの作品で見ることができた筆致の力強さが伝わってきません。一方で、今までで彼の作品にはない「優しさ」のようなものが伝わってくるようです。それを彼の「孤独」や「憂鬱」を表現していると解釈する専門家もいます。その真実を知っているのは、ゴッホ本人ですが、彼自身も自分の思いに気づいていなかったかもしれません。