カテゴリー別アーカイブ: Padua (Padova) 2015

ボローニャ、7日目、パドヴァ、ドナテッロ、《ガッタメラータ》

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サンタントニオ聖堂の前の広場にドナテッロの名作の一つ、エズラモ・ダ・ナルニのブロンズ像(1453年制作)を見ることができます。像が立っている台(画像では途切れていますが、昨日のサンタントニオ聖堂の画像では全体が見えます)もドナテッロが手がけたそうです。

エズラモ・ダ・ナルニ(1370年頃-1443年)は、有能なヴェネチア共和国の傭兵隊長で、パドヴァで死去しました。彼の親族が追悼して、この像を作らせたそうです。エズラモ・ダ・ナルニは、「ガッタメラータ」の愛称で知られていたので、このブロンズ像も《ガッタメラータ》と呼ばれています。

さて、この像は、地上よりもかなり距離がある台の上に設置されているので、肉眼で細かいところまで鑑賞することは難しいです。しかし、画像でこの作品を改めてみると躍動的な馬に乗る英雄ガッタメラータの威厳が伝わってきます。

ボローニャ、7日目、パドヴァ、サンタントニオ聖堂

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サント通りを歩いて、教会があるサント広場に到着しました。画像の画像のサンタントニオ聖堂(S. Antonio)は、パドヴァだけでなくイタリアで最も有名な教会と一つとされているそうです。イタリアでは、通称「il Santo(イル・サント)」と呼ばれており、パドヴァの聖アントニウス(1195-1231)の墓を祀るために13世紀から14世紀中頃にかけてロマネスク=ゴシック様式で建造されました。ちなみに3世紀にエジプトで生まれた聖アントニウスと区別するために「パドヴァの聖アントニウス」と呼ばれています。

さて、パドヴァの聖アントニウスは、リスボンで貴族の家に生まれ、アッシジのフランシスコの志に感銘をうけ、フランシスコが創設したフランシスコ会に属し宗教活動をしていました。生前の聖アントニウスは、特に説教が上手で信徒たちに大変人気がありました。そして若くしてパドヴァのアピチェッラで亡くなった後、現在でもカトリック教会の信徒達にとても人気がある聖人で、彼の聖遺物がある「il Santo(イル・サント)」には、多くの巡礼者が訪れるそうです。

私がこの時、サンタントニオ聖堂の中に入ったのか、入らなかったのか、記憶が飛んでますが、サント広場の不思議な雰囲気は記憶にあります。何といっても聖堂のプランが独特です。ロマネスク=ゴシック様式とはいえ、東洋風の八つのクーポラが、ビザンティン美術を思わせます。ヴェネチアのサン・マルコ大聖堂にあるクーポラに似ているような似ていないような。同聖堂内部には、聖アントニウスの聖遺物や内陣の主祭壇には、ドナテッロのブロンズの彫刻もあるはずなので、手元に何の画像も残っていないところから、やはり中に入る気力がなかったようです。

ボローニャ、7日目、パドヴァ、サント通り(Via del Santo)

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スクロヴェーニ礼拝堂の見学終了後、ボローニャへ戻ろうかと思うくらい体調が悪かったのですが、エレミターニ教会から出ると少しだけ元気になりました。

となると、パドヴァで有名な例の彫刻を見に行くかという気になっていきました。まずは、「サント通り(Via del Santo)」を目指して歩きます。しかし、エレミターニ教会から、かなり遠い。

まずは、何とか「ザバレッラ通り(Via Zabarella」にたどり着き、そのままザバレッラ通りを歩いて行けば、途中からサント通りにつながるはずでした。歩きながら若干不安になりながらも引き返すには遠すぎる。

そしてやっと「Via del Santo」の標識を発見(画像)。少し安心して、引き続き通りを歩いて行きます。通りには、教会グッズを販売するショップがところどころにあり、日本の神社でいう「参道」と同じ雰囲気です。それもそのはず、この先にはパドヴァで最も重要な教会があるのです。