カテゴリー別アーカイブ: Ravenna 2015

ボローニャ、3日目、ラヴェンナ、番外編、私がラヴェンナで行けばよかった場所

UNADJUSTEDNONRAW thumb 2e23

今日は、ボローニャの旅(2015年冬)の番外編ということで、「私がラヴェンナで行けばよかった場所」を紹介します。

まず、何と言っても、ラヴェンナ国立博物館(National Museum of Ravenna)。同博物館、サン・ヴィターレ聖堂と同じ敷地にあります。正直申し上げまして、サン・ヴィターレ教会のモザイク画をみることしか頭になく、あまり重要視していなかった博物館でした。

そして、サン・ヴィターレ聖堂を出てから、これも同じ敷地内のガッラ・プラキディア廟へ行ってしまった私。今考えると博物館は閉まっていたような気がする、と思いたいけれども、時間がないからやめると思ったかもしれない。記憶にありません。

実は、帰国後、講義用のスライドの一枚を見直していて、目を疑いました。そのスライドは、ラヴェンナ国立博物館所蔵《マクシミアヌス司教座》(6世紀後半)。なんと、ラヴェンナまで行ったのに、《マクシミアヌス司教座》を見るのを忘れた!この司教座は、サン・ヴィターレ聖堂内部の有名なモザイク《ユスティニアヌス帝と侍者たち》(547年頃)にも登場する初代ラヴェンナ大司教マクシミアヌス(在位:546-556)専用に造られた象牙の司教座で、ビザンティン美術の中でも最高傑作の一つと言われています。。。。残念。

他にも、サン・フランチェスコ聖堂(Basilica di San Francesco)、ドムス・デイ・タッペーティ・ディ・ピエトラ(Domus dei Tappeti di Pietra)など、ラヴェンナでは、近くまで行ったのに行けなかった場所がありますが、「もう一度ラヴェンナへ行く理由が出来た」と思うようにしています。

画像は、サンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂の中庭よりみた外壁です。

ボローニャ、3日目、ラヴェンナ、テオドリクス廟

UNADJUSTEDNONRAW thumb 2e29

サンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂でモザイク画を堪能し、外に出ると15時12分でした。ここからラヴェンナの駅へ徒歩で向かいましたが、ボローニャ行きの列車の時間までまだ少しあるので、鉄道の高架を渡った先にあるテオドリクス廟へ行くことにしました。

またいつ来れるかわからないし、写真だけでも撮りたいという思いで、根性で歩きましたが、霊廟の近くに着いたのが15時37分。冬時間の霊廟の閉館時間は16時30分。広大な公園の中にある霊廟へ行く気力と時間はなく、公園の外から「拝む」ことにしました。

この霊廟はテオドリクス王の生存中、アドリア海を隔てたイストラ半島からわざわざ石材を運んで、520年に造られました。526年に王が亡くなった後は、この霊廟に埋葬されたと考えられています。「蛮族」の王の霊廟とはいえ、円形ドーム型の建造物なので、一見、古代ローマ時代の皇帝の霊廟を思わせます。

しかし、テオドリクス王は、キリスト教徒でも当時異端のアリウス派を信仰していたので、この霊廟もその名残が残っていると思われたのでしょうか、アリウス派を弾圧したユスティニアヌス帝の時代、テオドリクス王の遺体は、霊廟から取り除かれてしまいます。その後、霊廟は正統派のキリスト教の礼拝堂として生まれ変わりましたが、年月を経て近くの川(river Badareno)に19世紀まで水没していたそうです。

となると今テオドリクス廟がある公園一帯は川だったのかしら(地形学に詳しいNHKの番組「ブラタモリ」を思い出します)。

世界遺産に登録されているとはいえ、主人のいない霊廟は、何か物悲しいような雰囲気が漂います。

ボローニャ、3日目、ラヴェンナ、サンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂、ユスティニアヌス帝

UNADJUSTEDNONRAW thumb 2dfd

ボローニャ、3日目、ラヴェンナのお話をもう少しだけ。

さて、サンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂のモザイク画は、見どころ満載です。

その中でも同聖堂内の壁にひっそりと残っているモザイクが、画像の「ユスティニアヌス帝」の肖像画です。サンヴィターレ聖堂の《ユスティニアヌス帝と従者たち》の皇帝の顔と比較すると面白いです。皇帝の表情や身につけている王冠など、表現方法の類似点から、双方の聖堂のユスティニアヌス帝の肖像を制作した担当した者(工房)は同じだったのではないかと推測できます。

どちらかというと、サンヴィターレ聖堂よりも、このサンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂のユスティニアヌス帝の方が年を重ねているように見えますね。