カテゴリー別アーカイブ: S. Apollinare in Classe

ボローニャ、3日目、ラヴェンナ、サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂、後陣、解説

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画像は、サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂の後陣部分です。描かれている図像は、それぞれが意味を持ちます。今回は、後陣中央部からその上部(勝利の門の上部)にかけて読み解いていきます。

まず、後陣の下部の真ん中に描かれている男性は、サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂の名前の由来でもある聖アポリナリスです。彼を12匹の羊が囲んでいます。羊たちは、イエス・キリストの十二使徒ではなく、信者と考えられています。

聖アポリナリスの上に描かれている青い円形の中に描かれている中央の十字架を拡大すると、中心にイエス・キリストの顔が描かれています(画面ではよく見えませんが)。十字架の上の黄金に輝く空には、預言者モーゼ(左)と預言者エリヤ(右)が浮かんでいます。この2人が描かれていることから、この場面は、新約聖書の中に出てくる「キリストの変容」という表現していると推測することが出来ます。

その「キリストの変容」とは?簡単に説明します。ある日、イエスが十二使徒の中のペテロ、ヨハネ、ヤコブの3人を連れて、山に登ります。そこに旧約聖書(ユダヤ人の歴史書)の中に登場する前述のモーゼとエリヤと話し始めました。するとイエスの身体が光り輝きはじめます。この「キリストの変容」をサンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂の後陣では、中心に描かれた光り輝く青い円形に描かれた十字架が、光り輝くイエス・キリストを表現し、その変容を三匹の羊(ペテロ、ヨハネ、ヤコブ)が見守っているという構図になっています。

後陣の上の部分にみえる「勝利の門」の上部には、イエス・キリストの顔が中央に描かれており、左右に四つの生き物が描かれています。これらの生き物は、新約聖書の四福音書記官を表しています。その下には、6匹ずつの羊が左右から歩いているのが見えます。よくみると、羊たちは、左右に描かれた街(エルサレレムとベツレヘム)から出発しています。これらの計12匹の羊は、イエス・キリストの十二使徒を表現していると考えられます。

最後に、この華麗な後陣の装飾は、色とりどりの小さな破片を組み合わせたモザイクで出来ています。後陣は6世紀頃制作され、勝利の門は、7世紀から9世紀に制作されたと考えられています。実物は想像以上に美しく、1400年以上の時の流れを感じませんでした。

ボローニャ、3日目、ラヴェンナ、サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂、後陣

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サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂の後陣部分に近づきました。現存するオリジナルのモザイクは、後陣(6世紀)とその周囲を囲む「勝利の門」(7世紀あるいは9世紀)だけです。

画像で説明するのは、難しいのですが、後陣(半円の部分)を囲んでいるが「勝利の門」です。この「勝利の門」という呼び名は、古代ローマ帝国時代に建造された凱旋門が由来です。ローマ帝国時代、凱旋門は、皇帝の戦勝記念のために建造されました。つまり、教会の「勝利の門」は、キリスト教の勝利記念の門というわけです。

画像をじっと見ていると、正面からみた凱旋門のような形が浮かび上がってきます。

ボローニャ、3日目、ラヴェンナ、サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂、内部

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サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂は、ラヴェンナの初代司教聖アポリナリス(イタリア語でアポリナーレ)の墓を祀るためにクラッセの街の近くに作られたので、「サンタポリナーレ・イン・クラッセ」と言います。

この聖堂は、ラヴェンナの司教ウルシキヌス(在位:535-538) によって建設され、549年、大司教マクシミアヌス(在位:546-556)によって献堂されました。「献堂」とは、キリスト教で、建物を世俗から聖別することを意味します。

同聖堂のファサード(正面の壁面)は、現在はシンプルな煉瓦の壁ですが、オリジナルは、色付きの大理石の板で覆われていたそうです。しかしながら、今のシンプルな煉瓦の壁だからこそ、建物の中の華麗な装飾が一層印象的になります。

身廊には、信者のためのベンチが並んでいます。左側のベンチ前方に人の姿が確認できます。ご覧の通り巨大な空間です。身廊の両側には、列柱があり、その外側 の廊下を側廊といいます。左から右へ側廊、列柱、身廊、列柱、側廊という構造になります。

そして、正面前方に見える半円形の部分を後陣(アプス)と言います。その下の祭壇がある場所が内陣です。この教会の見所は、何と言っても後陣のモザイクです。