カテゴリー別アーカイブ: S. Vitale

ボローニャ、3日目、ラヴェンナ、サン・ヴィターレ聖堂、《皇妃テオドラと従者たち》

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《ユスティニアヌス帝と侍者たち》(547年頃)の向かい側にある四角い枠に描かれているモザイクが《皇妃テオドラと侍者(侍女)たち》です。ユスティニアヌス帝の妻として彼女の頭部にも光輪が描かれています。そして彼女の手には、赤ワイン(十字架にかけられるイエス・キリストの血の象徴)が入った杯が見えます。皇妃たちが向かう先には、従者がカーテンを開けて待っています。カーテンの向こう側は、おそらくサン・ヴィターレ聖堂の祭壇がある後陣があるのでしょう。これらの二つのモザイクは、皇帝と皇妃が、聖体拝領のパンと赤ワインを持って、ミサへ向かう場面を描いていることが推測できます。

皇妃テオドラは、当時ビザンティン帝国で一番影響力のあった女性でした。ファッションリーダーとしても有名だったそうです。確かに、モザイクに描かれているテオドラは、豪華絢爛なアクセサリーを身にまとっています。ミサに出席するには、派手すぎる装いのようですが。。。

ボローニャ、3日目、ラヴェンナ、サン・ヴィターレ聖堂、《ユスティニアヌス帝と侍者たち》

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サン・ヴィターレ聖堂の中で最も有名なモザイクが《ユスティニアヌス帝と侍者たち》(547年頃)です。

画像、後陣の窓の左側に見える長方形の枠の中に、東ローマ皇帝ユスティニアヌス(在位527-565)を真ん中に聖職者たちと兵士が描かれています。ユスティニアヌスの頭部には光輪が描かれています。ユスティニアヌスの右隣の紫の衣を羽織っている人物は初代ラヴェンナ大司教マクシミアヌス(在位:546-556)です。

興味深いことに、これらの人物像の中でユスティニアヌスの頭部のみに光輪が描かれています。またユスティニアヌスは、ミサで重要な儀式である聖体拝領で使う「パン」(十字架にかけられるイエス・キリストの身体の象徴)がのっている皿を持っています。これらの表現から、ユスティニアヌスが神の代理人として当時のキリスト教教会で絶対的な権利を持っていたことが推測できます。

実は、サン・ヴィターレ聖堂は、東ゴート族のテオドリクス(在位:493-526)がラヴェンナを統治していた時代に建造がはじまりました。テオドリクスの死後、540年、ラヴェンナは東ローマ帝国に占領されました。そのため、同聖堂は、東ローマ帝国の教会として完成しました。例えば、画像の後陣のモザイクの原料は、コンスタンティノープルから運んだ説が有力です。

これらの点からも、ユスティニアヌスにとって、ラヴェンナは重要な都市だったことがわかります。画像のモザイクの中では、ユスティニアヌスは、実に神々しく描かれています。しかしながら、彼は一度もラヴェンナの地を訪れたことはなかったそうです。1400年以上前のモザイクを見ながら、歴史を感じました。

 

ボローニャ、3日目、ラヴェンナ、サン・ヴィータレ聖堂、ドーム天井

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サン・ヴィターレ聖堂の身廊から、そのまま天井を見上げます。この聖堂のように集中式プランのキリスト教建造物には、ドーム(半球)天井が施されていることが多いです。画像のようなバロック風のドラマチックな天井画は18世紀に作られました。6世紀のビザンティン美術が完璧な姿で残されている聖堂の中に異なる時代の様式の美が共存しています。