カテゴリー別アーカイブ: Basilica di Santa Croce

フィレンツェ、2日目、サンタ・クローチェ聖堂、ジョット『聖フランシスコの生涯』

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フィレンツェ、2日目、サンタ・クローチェ聖堂の中で、大事なフレスコ画を紹介するのを忘れていました。バルディ一族の礼拝堂の壁面に描かれたジョットのフレスコ画です。フランシスコ会の祖、聖フランシスコの生涯を描いています。画像は、聖フランシスコが亡くなる場面を描いています(1325年制作)。ジョットらしい繊細なタッチが私は好きです。

フィレンツェ、2日目、サンタ・クローチェ聖堂、ドナテッロ作《受胎告知》

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フィレンツェ、2日目、サンタ・クローチェ聖堂内マキャベリの墓を奥に少し進むとドナテッロ作《受胎告知》が見えてきます。この作品は、教会資料によるとドナテッロがローマへ旅した後1433年頃にに制作されたそうです。pietra serenaという灰色の砂岩の彫刻に金の細工が施されています。画像向かって左側に大天使ガブリエルが跪き、右側にいる乙女マリアに、精霊と共にイエスを身籠ることを伝えています。二人の優美な佇まいに、しばし、見惚れます。

フィレンツェ、2日目、サンタ・クローチェ聖堂、ガリレオ・ガリレイの墓

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画像は、フィレンツェ、サンタ・クローチェ聖堂内にあるガリレオ・ガリレイ(1564-1642)のお墓です。こちらの「作品」は、1734年より制作が開始されたそうです。ピサ(斜塔で有名な)生まれのガリレオは、数学者及び天文学者として名声を得ていました。フィレンツェゆかりの名門メディチ家のコジモ2世とも交流がありました。画像、真ん中の胸像がガリレオです。地動説を信じた彼は、カトリック教会の裁判を受け、有罪となってしまいます。ダンテにしても、ガリレオにしても、他者よりも「世界」が見えてしまうと生きるのが困難な時代に偉業を残しました。彼らを讃えるサンタ・クローチェ聖堂。観光客はあまり来ません。