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フィレンツェ、3日目、メディチ家礼拝堂美術館、総評

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メディチ家礼拝堂美術館の中にある新聖具室、ヌムール公ジュリアーノ・デ・メディチの墓碑を別のアングルから撮影した画像です。未完成の「昼」の顔がよく見えると思います。

メディチ家礼拝堂美術館は、美術館とはいえメディチ家の霊廟でもあります。その芸術だけではなく、ルネサンス時代のメディチ家の権力を表す歴史的にも重要な場所ですが、ウフィツィ美術館のように混んでいませんでした。もちろん墓所ですから、静かの方が良いのです。私は、フィレンツェカード(72ユーロ72時間有効)で入場しました。受付で入場券(6ユーロ)を購入するこも出来ます。

ミケランジェロ設計の新聖具室は期待を裏切らない「聖なる空間」でした。彫刻がそこに存在する意味を我々は忘れがちなのですが、この新聖具室は、彫刻と空間の究極のバランスを通して、ミケランジェロの考える埋葬芸術が視覚化されていました。君主の礼拝堂は、工事中だったので、次回のお楽しみといたしましょう。

フィレンツェ、3日目、メディチ家礼拝堂美術館、新聖具室、ミケランジェロ、ヌムール公の墓碑

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新聖具室にあるウルピーノ公ロレンツォ・デ・メディチ(「ロレンツォ豪華王」のロレンツォとは別人)の墓碑の向かい側に、位置するのが、ヌムール公ジュリアーノ・デ・メディチ(「ロレンツォ豪華王」の弟とは別人)の墓碑です。墓碑に埋葬されているヌムール公ジュリアーノ・デ・メディチは、ロレンツォ豪華王の三男でした(暗殺された弟の名前を息子につけたのでしょうか)。となると、この新聖具室には、ロレンツォとジュリアーノの名前をもつ4人のメディチ家のメンバーが埋葬されているわけです。

画像、真ん中に座っているのが、ヌムール公ジュリアーノです(1516年没)。ウルピーノ公ロレンツォと同様に若くして亡くなった軍人だったそうです。彼の像は、傭兵隊長の服装で、手には指揮棒を持っていることから隊長だったようです。その足の下には、彼が埋葬されている石棺があります。石棺の上には二体の寓意像が横たわっています。右側の男性が「昼」、左側の女性が「夜」を表しています。「昼」は、肩越しから我々を見下ろしています。うつむいている「夜」の足元にはフクロウがいます「昼」と「夜」は、各々の大理石の表面の処理の仕方を変えることによって、二体の質感と色味が異なっています。向かい側のウルピーノ公ロレンツォが眠っている石棺の上には「曙」と「黄昏」の寓意像が横たわっていました。「昼」と「夜」、「曙」と「黄昏」。どちらも光と闇を表現しています。日が昇り、日が沈むように人生も流れていくのでしょうか。ミケランジェロの死に対する哲学が表現されているはずの新聖具室ですが、「昼」の顔と同様、未完成に終わりました。しかしながら、未完成だからこそ、この新聖具室は、ある意味の永続性を保っているのかもしれません。

フィレンツェ、3日目、メディチ家礼拝堂美術館、新聖具室、ミケランジェロの聖母子

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画像の真ん中の聖母子像は、1521年ミケランジェロ本人の作品とされています。両側には、ミケランジェロの弟子たちの作品が置かれています。左側は、ジョヴァンニ・アンジェロ・ダ・モントルソリ作《聖コスマス》(1537年)右側は、ラファエッロ・ダ・モンテルーポ作《聖ダミアヌス》(1531)。聖コスマスと聖ダミアヌスは、メディチ家の守護聖人でした。
三つの像の下に「LORENZO IL MAGNIFICO E GIVLIANO DEI MEDICI」の碑文がみえます。昨日もお話しましたが、ロレンツォ(・デ・メディチ)豪華王(1492年没)とその弟ジュリーアノ・デ・メディチ(1478年没)がここに埋葬されています。メディチ家の中でも有名な兄弟にしては、シンプルな台座なので碑文がないと見落としてしまいそうです。しかしながら、この碑文だけで、なんとも言えない彼らのパワーを感じるのです。