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ブリューゲル 《怠け者の天国》 〜 アートの聖地巡礼(ドイツ) ACJ版

アルテ・ピナコテークは、ミュンヘンにある美術館とはいえ、結構フランドル地方の画家達の作品が充実している。ローヒル・ファン・デル・ウェイデン(c.1399 -1464)、ピーテル・ルーベンス(1577-1640)とくれば、ピーテル・ブリューゲル(c.1525-1569)も外すことは出来ない。

ブリューゲルといえば、日本では《バベルの塔》が有名だと思う(*1)。ご存知の通り、《バベルの塔》は、キリスト教の旧約聖書の中の一場面を描いていおり、ブリューゲルが超人的な技術を披露していることでも有名だ。

一方、ブリューゲルは、「田舎の日常の生活を(作品として)描いた最初の画家」でもある。宗教画、歴史画が主流の当時の美術業界では、斬新だったと容易に想像できる(それ以前より日常生活を個人的にデッサンしていた画家達は沢山いただろうが)。

ただ、ブリューゲル自身は、田舎に住んでいた画家というよりは、当時のドイツやフランドルの文化人同様、イタリアへ旅行し文化を学んでいた記録がある。ローマ帝国は滅亡しても、芸術文化の世界で「ローマ」の存在そのものがヨーロッパでは重要だったのだ。

もちろん、当時、アルプスを越えることは、容易な旅ではない。それでもイタリアへ旅する北方の画家達は多かった。その中には、ドイツとイタリアの美術を融合させたデューラーもいたが、ブリューゲルのようにイタリアに染まらず、独自路線を進んだ者もいた。

また前書きが長くなったが、アルテ・ピナコテークでピーテル・ブリューゲルといえば、個人的には、《怠け者の天国》(1567年)だと思う(*2)。

この作品の解説は、ウィキペディアの日本語版の記事が優秀(同記事の註の内容を考慮してそう判断した)なので、当方がここで説明することもない(*3)。

「のどかで田舎の日常を表現している素敵な作品!」と思うと、とんでもない。かなりダークな世界だ(*4)。

「あ〜あ〜空でも見てるかなあ」とだらだらしている人間達。よく見ると、そのひとりは裏地に毛皮が施されたコートを着ている。その脇に見えるのは聖書だろうか。注意深くみると半分の卵に足があって、ナイフが刺さったまま歩いている。

丸焼きの豚も同様だ。

この作品の解読だけで、論文一本書けるね(すでに誰かが書いていると思うけど)。

それにしても、このダークな感じ、誰かに似てないか?そうヒエロニムス・ボッズ(c.1450-1516)だ(*5)。そして、西洋美術史の世界では、ボッズもブリューゲルと同様「16世紀のフランドルの画家」。そういうわけだ。

可能であればブリューゲル本人にこう聞いてみたい「ボッズのどの作品がお好きでしたか?」。

NOTE:
*1.2017年に東京美術館でボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展が開催。ブリューゲルが描いた《バベルの塔》は、このボイマンス美術館所蔵とウィーン美術史美術館所蔵の2点がある。
*2.見出し画像、本文の画像は、著者が、ドイツ、ミュンヘン、アルテ・ピナコテークにて撮影した、ブリューゲル《怠け者の天国》
*3.ウィキペディアの記事は、こちらをご参考までに。Wikipedia contributors, “怠け者の天国,” Wikipedia, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%80%A0%E3%81%91%E8%80%85%E3%81%AE%E5%A4%A9%E5%9B%BD&oldid=74362603 (accessed October 21, 2020).
*4.ブリューゲルの「のどかで田舎の日常を表現している素敵な作品!」は、またの機会に紹介する。

ルーベンス 《二人のサテュロス》 〜 アートの聖地巡礼(ドイツ)

ピーテル・パウル・ルーベンスのファンであれば、アルテ・ピナコテークは、間違いなく巡礼すべき聖地だ。

ルーベンスは、バロック期(1600年頃~1720年頃)の代表的なフランドルの画家であり、巨匠と呼ばれるに相応しいかもしれない。

外交官でもあった彼は、大規模な工房を運営して、大作を大量生産していた。いろいろな説があるが、弟子達の描いた作品にルーベンス本人が仕上げをするという工程が通常だったようだ。

となると、どこまでがお弟子で、どこまでがルーベンスが描いたのか、意外と一目瞭然な場合もある。たいてい、描かれている登場人物の顔とか、そのあたりを観察するとわかることが多い。

それにしても、アルテ・ピナコテークには、十分すぎるほどのルーベンスの大作が展示されている

前置きは、これくらいにして、このアルテ・ピナコテークで、ルーベンスの素晴らしさがわかるのは、なんと言っても《二人のサテュロス》だ(*1)。

半人半獣なので「二人」と言っていいのかわからないけれども。ギリシア神話に登場し欲望のままに行動する、どちらかというと「ワル」なキャラクターとして描かれる。

作品の高さは、80cmもない。ルーベンスの他の作品と比較して、それほど大きくない作品と想像していただけるだろう。

サテュロスは、ギリシア神話のワインの神ディオニソスの仲間として描かれることが多い。というわけで、この《二人のサテュロス》では、何とも言えない悪の表情を浮かべ、こちらを見据えるサテュロスの手に葡萄(=ワインの象徴)が握られている。いきいきとした葡萄の表現も見事ながら、その房を潰さないように持っている手の表現に驚く。指の力加減までが伝わってくるようだ。

血の通った顔や皮膚は、精霊とは思えないほどリアル。髭や角にも注目してほしい。これらの表現を見ていると、バロック期とはいえ、フランドル地方の北方ルネサンス期(1400年頃~1540年頃)に活躍したローヒル・ファン・デル・ウェイデンの作品を思い出す。

一方後ろにいるサテュロスは、ただただ、欲望のままワインを飲んでいる。理性的なルーベンスとは思えない自由奔放なタッチだ。宗教画、神話画、歴史画、なんでもござれのルーベンスなのだが、彼のアーティストとしての腕の良さがわかる一品。

(画像は、著者が撮影した、ドイツ、ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク所蔵、ルーベンス、《二人のサテュロス》)

ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ 《東方三博士の礼拝》 〜 アートの聖地巡礼(イタリア) ACJ版

今日は、アートの聖地の一つ、フィレンツェのウフィツィ美術館で「もう一度見たい作品」、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(c. 1370/1385?-1427)《東方三博士の礼拝》(1423)について。

実は、noteで「シモネ・マルティーニ《受胎告知》〜 アートの聖地巡礼(イタリア)」の記事を書いていて思い出した。ドイツからイタリアへ飛んでいるが、これもありかとお許しくだされ。

この作品は、フィレンツェにあるサンタ・トリニタ聖堂内のストロッツィ家の礼拝堂のために制作された。そう、トロッツィ家といえばメディチ家のライバルだ。

画面中央の赤いブーツを履いた若年の博士の後方にストロッツィ家のメンバーが描かれているらしい(*1)。なるほど、(青い衣を着ている)聖母マリアの膝の上にいる幼子イエス・キリストよりも、画面中央の赤いブーツに目がいくわけだ。

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作品の主テーマである《東方三博士の礼拝》が描かれているパネルの下に小さく三つの場面が描かれているのが見えるだろうか。左から《キリストの降誕》《エジプトへの逃避》《主の奉献》で、イエスの幼少期の物語(新約聖書)を左から右へ説明する形になっている。

イタリアのファブリアーノ出身のジャンティーレだけれども、美術史の様式では、北方ヨーロッパとイタリア美術が融合されているスタイル、「国際ゴシック美術」(1380年頃~1430年頃)に属する。ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの《東方三博士の礼拝》(c.1455) とシモネ・マルティーニの《受胎告知》(1333)を融合させた感じというのかな(*2)。

noteからの続きは、こちらから

画面中央の赤いブーツの博士の足下に注目する。テンペラ(卵と顔料を混ぜて描く)だから油彩画ほど透明感はない。それにしても見事な描写力だな。豪華な博士の衣装に注目。

IMG 4793

赤いブーツの足下には、器具を外している従者がみえる。近くに馬が描かれているので、乗馬をする際にブーツにつける道具、拍車(はくしゃ)と推測される。美しくて装飾具のような当時の工芸の技。そういえばエルメスも馬具を制作していた工房からはじまった。それにしても、私は、こういった作品と関係ないようなディーテイルが気になるようだ。

(全ての画像は著者が撮影した、イタリア、フィレンツェ、ウフィツィ美術館所蔵、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ、《東方三博士の礼拝》)。
NOTE:

*1.東方の三博士は、若年、壮年、老年の博士として描かれる。

*ウフィツィ美術館を含むフィレンツェの主要な美術館&教会を訪ねた「フィレンツェの私的、アートの旅」については、noteで作ったこちらのムック(合計135本の記事を含む)をご参考までに。なお、上記で述べているウフィツィ美術館所蔵のシモネ・マルティーニ《受胎告知》とジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの《東方三博士の礼拝》については、マニアックすぎると思いムックからあえて外した。しかしどちらも「西洋美術史」の教本には必ず取り上げられるはずの名品。